松本零士の創作の旅路は、北九州・小倉で漫画家を志した14歳の頃の作品『虫の世界探険記』(1952年)から始まります。夜行汽車で上京し、四畳半の下宿で漫画家としての第一歩を踏み出した初期の少女漫画や、極貧生活の経験から「個性」の大切さを描いた『男おいどん』(1971年)の原画などを、松本零士が好んで作品に描いた計器「零士メーター」の時の刻みになぞらえて展示いたします。
さらに、初公開となるデビュー当時の貴重な「創作ノート」も公開。子ども時代から抱いていたアニメーション制作への夢が実現した『宇宙戦艦ヤマト』の漫画版原画、 松本零士の作品は、生きることの尊さ、命の大切さというテーマを一貫して持っています。代表作である『銀河鉄道999』には、生と死、愛や孤独などといった深い哲学が凝縮されており、唯一無二の“創作宇宙”として私たちに届けられました。
本展では『銀河鉄道999』第1話の貴重な原画をはじめ、「宇宙」「女性」「メカ」といった松本零士の作品を特徴 本名・松本 晟。1938年1月25日に福岡県久留米市で生まれ、戦後東京に出るまでを小倉で過ごす。
6歳の頃から絵を描き始め、9歳で運命的な本(『新寶島』『月世界紳士』いずれも著者は手塚治虫)との出会いをきっかけに漫画を描き始める。
15歳の時に投稿作『蜜蜂の冒険』が「漫画少年」の第一回漫画新人王で新人王を受賞して掲載された。これが商業誌デビューとなる。
18歳の時に手塚治虫の手伝いを1度したことはあるが、誰かのアシスタントについて師事することは無く、独学で漫画の画法を身に付けていく。
実質的な漫画家デビューは1957年「少女」掲載の『黒い花びら』。しばらくは少女漫画誌での執筆が続く。
1968年代に入り青年漫画誌が誕生し始めたころ「漫画ゴラクdokuhon」に『セクサロイド』を発表。以降、青年漫画誌での執筆が増え、少年・青年漫画のジャンルで活躍するようになった。
1970年代にはアニメーション作品に関わることも増え、多くの作品がアニメーションとしてテレビ放送や劇場公開され、SF漫画・アニメブームの火付け役となり、作品は日本を飛び出し世界中に広まった。
活動の範囲は、漫画の執筆だけにとどまらず、(公社)日本漫画家協会の常務理事(2000年~2018年)として漫画家の地位向上等に取り組んだり、(公財)日本宇宙少年団の理事長(1994年〜2021年)として、宇宙・科学をテーマとした青少年教育活動にも力を注ぐなど、多くの団体で要職にあずかり精力的に各地を飛びまわっていた。2023年2月13日星の海に旅立つ。(享年85) 代表作・『男おいどん』『ガンフロンティア』『宇宙戦艦ヤマト』『クイーンエメラルダス』『ザ・コクピットシリーズ』『宇宙海賊キャプテンハーロック』『銀河鉄道999』『新竹取物語1000年女王』ほか。 「The Galaxy Express 999」50th Anniversary Project
Leiji Matsumoto Exhibition
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