当事務所の弁護士等が執筆したニュースレター、論文・記事、書籍等のご紹介です。多様化・複雑化する法律や法改正の最新動向に関して、実務的な知識・経験や専門性を活かした情報発信を行っています。
  • 著書/論文
  • 著書/論文TOP
  • 長島・大野・常松法律事務所は、国内外での豊富な経験・実績を有する日本有数の総合法律事務所です。 企業が直面する様々な法律問題に対処するため、複数の弁護士が協力して質の高いサービスを提供することを基本理念としています。
  • 事務所紹介
  • 事務所紹介TOP
  • 人権の尊重
  • 長島安治弁護士の手記
  • 理念・取組体制
  • Diversity, Equity & Inclusion
  • 2023年10月10日、米国証券取引委員会(以下「SEC」といいます。)は、株主及び市場に対する透明性をより高め、タイムリーに情報を提供するために、1934年米国証券取引所法(以下「証券取引所法」といいます。)第13条(d)及び第13条(g)に基づく大量保有報告に関する規則の改正(以下「本改正」といいます。)を公表しました ※1 。本改正は、SECが2022年2月10日に公表した改正案 ※2 (以下「本改正案」といいます。)に基づくもので、その後のパブリックコメントを経て最終化されました。本改正により、1933年米国証券取引法(以下「証券取引法」といいます。)に基づきSEC登録をしている企業(主に上場企業)に関連するM&A、資本提携、投資、デリバティブ等の取引に関して実務上影響が生じることになりますので、本ニュースレターではそのポイントについてご紹介します。  証券取引所法第13条(d)及び第13条(g)は、証券取引法に基づく登録を行った、議決権を表示する有価証券(典型的には上場会社の株式)の5%超の実質的保有権(beneficial ownership)を有する投資家に対し、一定の保有内容を報告することを義務付けています。その報告様式にはスケジュール13Dとスケジュール13Gの2つがあり、支配の意思を持つ投資家はスケジュール13Dを提出し、支配の意思を持たない一定の投資家(適用除外投資家(Exempt Investors) ※3 、適格機関投資家(Qualified Institutional Investors) ※4 及びパッシブ投資家(Passive Investors) ※5 )はスケジュール13Gを提出することになっています。スケジュール13Dにおいては、スケジュール13Gと比較して、発行者に関する計画や提案、発行者の発行する証券についての取引や合意内容など、スケジュール13Gよりも詳細な情報の開示が求められています。  この大量保有報告制度については、50年以上前に制度化されて以降大きな改正はありませんでしたが、現代の市場はスピード感がより一層増していること等に鑑み、取得又は変更後の提出期限を短縮することで市場における情報の非対称性を減少させることなどを目的として、制度を大きく見直す本改正が行われました。本改正の主なポイントは、①各報告期限の短縮等及び報告フォーマットの変更、②デリバティブ取引(特に現金決済型デリバティブ取引)に関する指針の公表、③「共同保有者(group)」該当性に関する指針の公表です。以下、それぞれのポイントを解説します。 1. 報告期限の短縮及び報告フォーマットの変更等
    (1) 報告期限の短縮等
    本改正により、スケジュール13Dとスケジュール13Gの報告期限等が以下の新旧対照表のとおり改正されます(下線は改正箇所を示しています。)。 上記のとおり、大量保有報告の報告期限は全体的に短縮されていますが、報告期限の日における具体的な時間的期限(いわゆる「カットオフ」時間)は、改正前は午後5時30分(米国東部標準時間)であったのに対して ※14 、改正後は午後10時(米国東部標準時間)と延長されることになっています ※15 。 (3) 報告フォーマットの変更
    投資家や他の市場参加者が開示された情報にアクセスし、まとめ、分析することを容易にするために、本改正後は、報告義務者は、これまでのHTML又はASCIIフォーマットではなく、XMLフォーマットにより報告を行うよう義務付けられます。 2. デリバティブ取引に関する指針
    (1) 現金決済型デリバティブ証券
    証券取引所法上、実質的保有者(beneficial owner)及び実質的保有権(beneficial ownership)という用語は定義されていないところ、近年、現金決済型デリバティブ証券を保有する投資家が、議決権の行使や発行者の証券の大量売却等を行うようにデリバティブ取引の相手方に対して圧力を加え、発行者に対して影響力や支配力を行使する可能性がある点を捉え、実質的所有者の範囲に含まれるのかどうかが論点となっていました。そこで、SECは本改正案において、現金決済型デリバティブ取引が大量保有報告の対象となる「実質的保有権」に含まれることを規則上明確にすることを提案していました。しかしながら、この提案はアクティビストの活動を制限するものであるなどの多数の批判的コメントが寄せられました。これを踏まえて、SECは上記内容を規則化することを見送り、現金決済型デリバティブの実質的保有者向けの指針を公表するにとどめました。当該指針によれば、現金決済型デリバティブの保有者は、以下のいずれかに該当する場合、関連する証券の実質的保有者として扱われることになります。 現金決済型デリバティブ証券の保有者が、契約条件又はその他の方法により、直接的又は間接的に関連する証券に対する議決権を有する場合 現金決済型デリバティブ証券が、証券取引所法第13条(d)又は第13条(g)の報告義務を回避する計画又はスキームの一環として取得された場合 現金決済型デリバティブ証券の保有者が60日以内に関連する証券の実質的保有権を取得する権利を有する場合、又は発行者の支配権を変更若しくはこれに影響を与える目的若しくは効果を持って、若しくはそのような目的若しくは効果を持つ取引に関連して、権利行使可能時期を問わず、関連する証券の実質的保有権を取得する権利を取得する場合 (2) スケジュール13Dにおける全てのデリバティブ証券取引の開示
    スケジュール13Dの第6項では、報告義務者に対して、「発行者の証券に関するあらゆる契約、取決め、理解又は関係(法的か否かを問わない)を記載すること」を求めており、そのような契約、取決め、理解又は関係を例示列挙しています。もっとも、この例にはデリバティブ証券は含まれておらず、また①デリバティブ取引を通じて保有されるのは、一般的には純粋に経済的な利害関係のみであり、法的な所有権ではないこと、②発行者の証券は参照証券として利用されているに過ぎないことから、報告義務者はデリバティブ証券の保有を発行者の証券「に関する」契約として報告すべきかという点について、従前から疑義がありました。そこでSECは、発行者の証券に関して重要な利害関係を持つ人物や潜在的な支配意図を有する者に関する情報開示を促し、市場の透明性を高めることを目的として、本改正においてスケジュール13Dの第6項を改正し、現金決済型デリバティブや証券スワップを含め、発行者の証券に関するあらゆるデリバティブ契約は、スケジュール13Dの第6項で開示する必要があると明示しました。さらに、本改正では、同項における「を含むがこれに限られない(including but not limited to)」という文言が削除され、契約、取決め、理解及び関係の例示を限定列挙とし、開示する必要のある契約等の明確化を図っています。 3. 「共同保有者(group)」該当性に関する指針
    証券取引所法第13条(d)(3)及び第13条(g)(3)は、2人以上の者がある発行者の証券を取得し、保有し、又は売却する目的で「共同保有者(group)」として行動する場合、このような共同保有者を1人の者として扱い、当該発行者の証券の保有比率を判断するとしています。しかし、この「共同保有者」という用語は、法令においても規則においても定義されていません。このような経緯を踏まえて、SECは本改正案において、①共同保有者かどうかは、明示の合意の存在によってのみ決定されるものではなく、個別の事実と状況を勘案し、2人以上の者がある発行体の証券を取得し、保有し、又は売却する目的をもって一緒に行動したと認定できる場合には、共同保有者となること、及び②ある者がスケジュール13Dに基づく大量保有報告を提出するという未公表の情報に基づき、その大量保有報告に係る有価証券の買付けを行った場合には共同保有者として認定されることなどを規則上明確にすることを提案していました。しかしながら、この改正案に対しては、パブリックコメントにおいて共同保有者として行動する合意、取決め、相互理解、共同行為等がないにもかかわらず共同保有者として認定されてしまうことがあり得るのではないかなどの反対意見も寄せられました。これを踏まえて、SECは上記内容を規則化することを見送り、共同保有者の範囲を明確にするための指針を公表するにとどめました。当該指針の概要は以下のとおりです。 (1) 一般的な解釈指針
    SECは、共同保有者該当性は全ての関連する事実と状況を分析し、ある発行者の証券を取得し、保有し、又は売却する目的で一緒に行動したかどうかを個別に判断する必要があり、明示の合意があるか否かという事実や、2人以上の者が似たような行動をとったという事実のみをもって結論付けることはできないと説明しています。したがって当該指針によれば、①明確な合意だけでなく、黙示の合意、取決め、相互理解等が関連する事実と状況から判断できれば形式は問わないこと、②共同保有者に該当するためには「ある発行者の証券を取得し、保有し、又は売却する目的」という主観的な要件が重要であることになります。 (2) 具体的な適用例
    SECは、この指針の中で、共同保有者該当性の明確化を図ることが株主間や発行者との対話に対して萎縮効果を与えるのではないかという懸念に対処するため、株主によるこのような活動が共同保有者に該当することになるのかどうか、典型例をいくつか使用してQ&Aを公表しました。その概要は以下のとおりです。 2人以上の株主の間で、発行者の長期的なパフォーマンスの改善、発行者の慣行の変更、拘束力のない株主提案の支持又はその勧誘、共同戦略(支配権に関連しないもの)に関連する議論や、取締役選任案に対抗馬がいない場合における取締役候補者に対する反対票キャンペーンなどを行うことは、株主間の独立した自由な意見の交換であり、共同保有者には該当しません。 2人以上の株主が、発行者の経営陣と意見を交換し議論することは、共同保有者には該当しません。 2人以上の株主が、会社の取締役会の構成に関して共同の推奨を行うことは、具体的な取締役候補についての議論がなされず、会社が当該推奨を受け入れない場合は会社の取締役選任議案に反対する可能性を示すなどして、当該推奨を強制させるなどの事情がない場合、株主による自由な意見交換の一環であり、共同保有者には該当しません。 証券取引所法規則14a-8に基づく拘束力のない株主提案の共同提出は、株主による発行者の経営陣に対する自由な意見の表明であり、共同保有者には該当しません。 株主が、アクティビスト投資家との間で、会社の取締役会又は経営陣に対する提案への支持を求める会話、メール、電話による接触又は会議を行うこと自体は、原則として共同保有者には該当しません。ただし、これらのコミュニケーションを超えて、アクティビスト投資家と一緒に勧誘資料を作成することは、事実や状況によっては共同保有者に該当する可能性があります。 株主が、アクティビスト投資家が推薦する取締役候補に賛成票を投じる意向を表明又は連絡することは、当該株主による独立した自由な議決権行使であり、共同保有者には該当しません。 スケジュール13Dを提出する必要がある、又は提出する予定である実質的保有者が、他の市場参加者に対して、この情報が未公開事実であるにもかかわらず、同じ有価証券の買付けを行わせる目的で当該事実を意図的に伝達し、他の市場参加者が、その伝達の直接の結果として当該買付けを行った場合には、スケジュール13Dの提出という未公表事実の重要性に鑑み、「ある発行者の証券を取得」する目的で共同保有者として行動したと判断される可能性があります。 (3) デリバティブ取引に関連する契約
    SECは、本改正において、上記(1)記載の一般的な解釈指針に基づき、投資家と金融機関の間の、関連する証券の取得、保有又は売却を目的としない、通常の業務の範囲内で行われるデリバティブ取引に関連する契約については、共同保有者には該当しないという見解を示しています。 効力発生日
    本改正は、連邦官報(Federal Register)に掲載された日である2023年11月7日から90日後の2024年2月5日に発効し、原則として発効とともに即時に効力が生じます。ただし、例外として、改正後のスケジュール13Gの提出期限については2024年9月30日に効力が生じ、XMLフォーマットでの提出については2024年12月18日に効力が生じます。 日本の大量保有報告制度に与える影響
    日本の金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)上の大量保有報告制度は、もともとSECの大量保有報告制度を参考に制度化されたものですが、ニッポン放送の経営支配権をめぐる攻防を受けて行われた2006年の法改正によって、提出期限については既にSECの本改正と概ね同程度に短く設定されています ※16 。  もっとも、2006年以降、日本の大量保有報告制度は大きな改正が行われていないことから、2023年6月から金融庁の金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ」において大量保有報告制度の見直しについて議論が進められています ※17 。見直しが必要とされる事項のうち、本改正との関係で注目に値するのは、①共同保有者の範囲の明確化と②デリバティブ取引の取扱いです。①については、近年株主間の協働エンゲージメントが活発化しているところ、例えば協働エンゲージメントに参加したある投資家が株主提案を行った場合に、他の参加株主が当該株主提案に賛成すると共同投資家に該当してしまうのではないかという懸念が指摘されており、共同投資家の限定又は明確化が議論の中心となっています。また、②については、現行の大量保有報告制度上原則として捕捉されていないエクイティ・デリバティブのロングポジションについても、大量保有報告制度の適用対象となるよう制度を改正すべきとの指摘があり、その点を制度上明確化するかどうかが議論されています。そして、この議論の中では、SECによる本改正が諸外国の動きとして言及されています。  上記のとおり、SECによる本改正では、SECの規則中における明確化という当初のSECの提案は採用されず、SECによる解釈指針の公表にとどまりました。それでも本改正の中で、適用例を含めて「共同保有者」の範囲を一定程度明確にしたこと、デリバティブ取引も大量保有報告の対象となる「実質的保有者」に含まれることを明確にしたことは、法令上明確化するかガイドラインとして示すかなどの法形式を含め、今後日本における大量保有報告制度の見直しの議論に影響を与える可能性が高いと考えられます。  本改正の内容は多岐に渡りますが、特に報告期限の短縮については、これまでの長年行われてきた実務のスピード感を変えるものとして、実務上大きな影響があるといえます。また、例えばこれまで年に1回要件該当性を確認すれば足りたスケジュール13Gによる報告者は、本改正後は四半期に1回の確認が必要となるなど、本改正を踏まえた事務手続きの見直しが必要となります。したがって、証券取引法に基づきSEC登録をしている企業(主に上場企業)に関連するM&A、資本提携、投資、デリバティブ等の取引を行う場合及び既に行っている場合、上記のデリバティブ取引に関する指針や「共同保有者」該当性に関する指針も含め、本改正の内容を正しく理解しておく必要があります。  また、上記のとおり、本改正が日本の大量保有報告制度の見直しに与える影響についても小さくないと考えられますので、本改正の内容を踏まえて、日本における議論についても今後注視していく必要があります。